ふと思ったのは以下のような状態の人が一番、人生を謳歌できるのではないだろうか そう普通は何かをすることで対価を得るというのがビジネスの基本 まず低所得者、無給でも生活保護者にはよく楽してお金を貰えると言う批判もある。確かにそうだけど、それで生活が楽になっているわけではない 日本は残念ながら、このビジネスの基本である何かをさせて対価を払うというしくみを生活保護に入れていない。あくまでも仕事をする意思があっても毎日消費だけの生活だけでも問題はない。ただバレれば支給打ち切りになるだけで、これは仕事を積極的に与えてあげないから、問題や誤解を生んでいる。そう仕事はないのである。 そして多くの99%はこの対価を得るために何かをしている。 では結果として楽なのは何か ひとつは ・貯金があって利息だけで仕事もやらなくても生活のできる人 この貯金を貯めるには上記のしくみで貯めるしかないけど、他には努力なく親など家族が元から金持ちであれば仕事もやらなくても遊べる ・大家などマンションなど不動産経営 これもその不動産を得るまではお金を貯める必要があるけど、その後は毎月の家賃が入れば、特別なことがないかぎり遊んで暮らせる ・貯金があって、死ぬまでに利息もなくても生活できる人 そうこれも可能性としてある。 ともかくも何か金になるものを最初は貯める、作るしかないといえる。その後は本当に遊んで暮らせるということ 経営者も確かに報酬は高いけど、毎日遊んでいる人はいるのだろうか。まあたぶんいるとは思うけど、経営に問題があれば責任問題にもなるしその企業を自分で作ったとなればいつでも加担はしたいはず。 ということで今の世界では特に親が金持ち、財産もあるという状態でない限りは若い時には貯金、老後はそれで暮らす、それに失敗すると死ぬまで働くことになるということだ 特に日本は老後の社会保障は充実していないので、中年以降が貯金もないのなら、苦しい生活がずっと続くことになる。 若者もこの理屈を近いせず、貯金をしなければ、あるいは何か事業で成功でもしないかぎり、苦しい生活が待っていることに 遊びとは仕事をしている間の休日という意味ではない。あくまでもみんなが楽して遊ぶ、生きるための仕事でもなく、その仕事をするという概念もなく、とにかく毎日好き勝手なことができるということを前提にしている。 ところで日本っていや海外もそうなのだが土地って国のものなら、なぜ売買が特定の人だけできるのだろうか。 あの中国の場合はあくまでも土地は国のもの、売買もできるけど最後は政府に返すことになっている。 日本に平等があれば、本来全人口が平等に土地を持つ権利があっていいはずである。それが歴史の継続から土地や家族を奪った勝者だけが所有しそれが金になるという状態はやはりおかしい。 すでにそこから不平等になっている。 土地って個人のものなのか。となると誰も売ってもいいはず。最近中国の個人に売買をする話題がなくなったけど、それも規制するということはおかしい。 もし規制をするなら土地が国のものなら、個人が持つことには平等に与えられていいのではないか。 そしてそれが与えられるなら少なくともその人が自由に使える地域があるということになるのではないか。
" />

Home » 素朴な疑問 » Currently Reading:

とても楽な仕事、毎日遊べる職業とは?

February 3, 2017 素朴な疑問 No Comments

ふと思ったのは以下のような状態の人が一番、人生を謳歌できるのではないだろうか

そう普通は何かをすることで対価を得るというのがビジネスの基本

まず低所得者、無給でも生活保護者にはよく楽してお金を貰えると言う批判もある。確かにそうだけど、それで生活が楽になっているわけではない

日本は残念ながら、このビジネスの基本である何かをさせて対価を払うというしくみを生活保護に入れていない。あくまでも仕事をする意思があっても毎日消費だけの生活だけでも問題はない。ただバレれば支給打ち切りになるだけで、これは仕事を積極的に与えてあげないから、問題や誤解を生んでいる。そう仕事はないのである。

そして多くの99%はこの対価を得るために何かをしている。

では結果として楽なのは何か

ひとつは
・貯金があって利息だけで仕事もやらなくても生活のできる人
この貯金を貯めるには上記のしくみで貯めるしかないけど、他には努力なく親など家族が元から金持ちであれば仕事もやらなくても遊べる

・大家などマンションなど不動産経営
これもその不動産を得るまではお金を貯める必要があるけど、その後は毎月の家賃が入れば、特別なことがないかぎり遊んで暮らせる

・貯金があって、死ぬまでに利息もなくても生活できる人
そうこれも可能性としてある。

ともかくも何か金になるものを最初は貯める、作るしかないといえる。その後は本当に遊んで暮らせるということ

経営者も確かに報酬は高いけど、毎日遊んでいる人はいるのだろうか。まあたぶんいるとは思うけど、経営に問題があれば責任問題にもなるしその企業を自分で作ったとなればいつでも加担はしたいはず。

ということで今の世界では特に親が金持ち、財産もあるという状態でない限りは若い時には貯金、老後はそれで暮らす、それに失敗すると死ぬまで働くことになるということだ

特に日本は老後の社会保障は充実していないので、中年以降が貯金もないのなら、苦しい生活がずっと続くことになる。

若者もこの理屈を近いせず、貯金をしなければ、あるいは何か事業で成功でもしないかぎり、苦しい生活が待っていることに

遊びとは仕事をしている間の休日という意味ではない。あくまでもみんなが楽して遊ぶ、生きるための仕事でもなく、その仕事をするという概念もなく、とにかく毎日好き勝手なことができるということを前提にしている。

ところで日本っていや海外もそうなのだが土地って国のものなら、なぜ売買が特定の人だけできるのだろうか。

あの中国の場合はあくまでも土地は国のもの、売買もできるけど最後は政府に返すことになっている。

日本に平等があれば、本来全人口が平等に土地を持つ権利があっていいはずである。それが歴史の継続から土地や家族を奪った勝者だけが所有しそれが金になるという状態はやはりおかしい。

すでにそこから不平等になっている。

土地って個人のものなのか。となると誰も売ってもいいはず。最近中国の個人に売買をする話題がなくなったけど、それも規制するということはおかしい。

もし規制をするなら土地が国のものなら、個人が持つことには平等に与えられていいのではないか。

そしてそれが与えられるなら少なくともその人が自由に使える地域があるということになるのではないか。

Comment on this Article:

February 2017
S M T W T F S
« Jan   Mar »
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728  
free counters
AdvertisementAdvertisementAdvertisementAdvertisement

Related Posts

Archives